Home > テクノロジー:グライコミクス

グライコミクス

 オミックス(-OMICS)とは、ゲノミクスならゲノムを、プロテオミクスならタンパク質を、というように、研究対象+オミクス(-OMICS)という名称を持つ研究分野の事で、その研究対象総体を網羅的に解析するという学問である。そしてグライコミクスとは糖鎖構造(その全体像)を網羅的に解析する学問の事である。糖タンパク質・プロテオグリカンや糖脂質などの複合糖質は、発生や分化、老化、疾患などの生命現象において、きわめて重要な役割を担っているにも関わらず、ゲノミクスやプロテオミクスからのアプローチに比べて、グライコミクスは大きく立ち遅れている。その理由は第一に、糖鎖修飾とは遺伝子による直接制御を受けない「翻訳後修飾」であるため、PCR法によりそれ自体を増幅したり、そのもののリコンビナントを作成したりすることが出来ない為である。さらに、体組織は、核酸、タンパク質や多糖類に代表される高分子から、脂質や多様な代謝中間体などの低分子までの様々な化合物が存在する系であり、複合糖質の糖鎖はその中のタンパク質や脂質に結合した状態で存在している。そのため、この多種多様な夾雑物が含まれる混合物の中から糖鎖のみを抽出し解析を行うためには、多段階の精製が必要となる。場合によっては、精製法の最適化が必要とされる上、僅かしか存在しないものや安定性を欠くものは、この精製を繰り返す過程で取りこぼしてしまう可能性も高い。

 また、ヒトの全てのタンパク質のうち約50%は、糖鎖修飾された糖タンパク質として存在していると言われるが、糖鎖の構造は極めて複雑であり、多様性に富んでいる。ヒトに存在する主な単糖の種類は9種類に過ぎないが、修飾された誘導体や膨大な数の異性体が存在している上、単糖は水酸基を多く持つことから、どの水酸基が他のどの単糖のどの水酸基と結合するか、組み合わせもバラエティも豊かである。例えば、三つの単糖がつながるだけでも、単純に計算して119、376通りの組み合わせが考えられる。ちなみに、これが三つの核酸(ヌクレオチド)では64通り、またアミノ酸では800通りに過ぎない。そのような糖鎖の多様性こそが、生物学的に重要かつ複雑な情報を発信・伝達する上で有利に働いているものと考えられるが、一方で、グライコミクスの技術的ハードルを高くしている理由にもなっている。

  グライコミクスとプロテオミクス等の他のオミクスとの根本的な違いは、「その構造自体が短時間のうちに変化すること」、つまり同じタンパク質であっても、修飾される糖鎖構造に違いがあり、生体内の状況・外部要因によってそれぞれの糖鎖構造が占める量比が異なる事があるということである。例えば、図1に示すようにマウスP19C6細胞が神経細胞に分化する4〜5日という短時間のうちに糖タンパク質糖鎖プロファイルに大規模な構造変化が起こっていた。糖鎖の生合成はゲノムによる1体1の直接支配を受けない。しかも多くの環境要因に敏感に影響されることから「いつ、どこで、どのように糖鎖構造が変化しているのかを知ることが出来なければ、それらの生物学的意義が見えてこない。


図1 細胞分化と糖鎖の構造変化

 北海道大学先端生命科学研究院西村教授の研究室では、これらのグライコミクスにおける問題点を解消するべく、網羅的かつ定量的で、しかもハイスループットな糖鎖構造解析法を開発してきており、これを実現した基本概念が「グライコブロッティング法」である1)。さらにグライコブロッティング法で見出された、ターゲットとなる糖鎖を持つ親タンパク質を「リバースグライコブロッティング法」により同定することが可能であり2,3)、これら一連の流れを基本戦略とする、新しいバイオマーカーの探索研究を進めている。