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グライコブロッティング法

 北海道大学西村教授グループの開発したグライコブロッティング(Glycoblotting)法とは、多くの生体分子が存在する中、その分子内にアルデヒド基(=ヘミアセタール基)を持つ唯一の分子である糖鎖を選択的に捕捉することで、糖鎖のみを特異的に回収できるという原理に基づいている(図2)1)


図2 グライコブロッティング法の概要

 この方法により血清や尿、培養細胞などを用いる大規模糖鎖解析が世界で初めて可能となり、一度に数十人分の血清を用いた糖鎖発現プロファイルが短時間で達成できる自動化装置のプロトタイプが完成した(http://www.jst.go.jp/seika/01/sentan.html、JST先端機器開発プログラム「疾患早期診断のための糖鎖自動分析装置開発」)。具体的には、アミノオキシ基やヒドラジド基などのアルデヒド基に速やかに求核付加する官能基を高密度で表面に持つビーズを作製し、酵素処理によって予め根元のタンパク質から切断した糖鎖を含む試料溶液と反応させ、糖鎖のみを担体に共有結合させることで夾雑物を完全に洗浄して糖鎖のみを精製する。捕捉した糖鎖はビーズから選択的条件で切り離し、質量分析に供する。糖鎖を切り出す効率の最適化4)、ブロッティング担体の改良5,6)、シアル酸の脱離を防ぐためのビーズ上でのメチル化7)、MALDI-TOFMS測定の感度を向上させるためのオキシム交換反応などでタグを導入する方法5,6)も考案した。このプロトコルにより、ヒト血清約 5〜10μlを用いて定量的グライコミクスを半日以内で完了できた。グライコミクスプロトコルとしては世界最速である。一部の工程を変更すれば、N-グリカンのみならず O-グリカンやスフィンゴ糖脂質の解析にも応用できる。

 西村教授グループは、グライコブロッティング法のすべてのプロトコルを自動で行う前処理ロボット “SweetBlot” を開発した。この装置では 96 穴プレートを用いた並列処理が可能で、96 検体を 14 時間以内で処理している。質量分析は 1〜2 時間以内で完了するので、1 検体あたりのグライコミクスに要する時間に換算すると、前処理を含めた全工程で約 7〜8 分程度である。この方法では約 60 種類の血清糖鎖が検出できるが同時に処理速度も飛躍的に向上している(図3)7)


図3 大規模解析用の糖鎖自動前処理ロボットSweetBlot

 この自動前処理ロボット “SweetBlot” を使って健常者 20 人と肝細胞癌患者 83 人の血清を対象として網羅的グライコミクスを行った結果を図4(A)に示す7)。ここでは内部標準糖鎖を用いていないので、任意の2 つの糖鎖の観測イオン強度の比をデータとして統計解析を行っている。分類機として k-nearest neighbor 法(k=3)を用い、sequential forward selection アルゴリズムで特徴選択を行った結果、3 つのデータ(糖鎖の組み合わせ)を使うことで健常群と疾患群を100 % クラス分けできることがわかった( 図4(B))。また、このような多変量によらない 2つの糖鎖の発現量の単純な比較を基本とする方法であっても(図4(C))、有望なマーカー糖鎖候補が見つかる場合がある。この一例の場合、2 つの糖鎖の発現量の比は一体何を意味するのだろうか? 実は分子と分母にくるものが、生合成経路上、原料(糖転移酵素の受容体基質)と産物の関係に相当するかあるいは複数の競合する酵素反応の産物の関係である場合には、疾患による糖鎖生合成系の偏りがみえてくる場合もあり得る。図4(C)の場合、分子に置いた糖鎖構造と分母の糖鎖構造は同一の前駆体から別々の酵素によって合成される可能性がある。つまり、この疾患においては血清糖タンパク質全体としてみた場合、分子に置いた構造の合成反応が優先して進行しているということが示唆される。このような、生合成経路における個々の糖鎖の関係を考慮したグライコミクスは、疾患バイオマーカーとしての糖鎖の探索のみならずそれぞれの疾患(病態)による糖タンパク質生合成メカニズムへの影響などを考察する上でも、今後、欠かせないツールとなるであろう。


図4 臨床検体の大規模グライコミクスの例